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東京地方裁判所 昭和40年(ヨ)2175号 判決

申請人 X

右訴訟代理人弁護士 大塚一男

同 谷村正太郎

被申請人 京浜電測器株式会社

右代表者代表取締役 関三郎

右訴訟代理人弁護士 永津勝蔵

主文

被申請人は申請人に対し昭和四〇年五月二五日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り月金一万六二四〇円の割合による金員を仮りに支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、申請人が昭和三一年一一月一日被申請会社に雇われ、被申請会社の従業員として資材課に勤務していたところ昭和三七年二月八日被申請会社から懲戒解雇の意思表示を受けたこと、そこで申請人は被申請会社を相手どり当裁判所に「申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮りに定める。」旨の地位保全の仮処分申請をなし当庁昭和三七年(ヨ)第二一一八号事件として審理され、昭和三八年五月二八日右申請どおりの判決を受け、被申請人は右判決に対し控訴したが東京高等裁判所昭和三八年(ネ)第一三〇三号事件として審理され昭和四一年四月二〇日控訴棄却の判決がなされたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで本件懲戒解雇の効力について判断する。

(一)  成立に争いのない疎乙第一〇号証の一によれば申請人が懲戒解雇の意思表示を受けた当時の就業規則第七六条に「従業員が左の各号の1.に該当するときは懲戒処分を受ける」と規定され、これをうけてその五号に「素行不良で職場の秩序を紊した者」、一〇号に「業務上に関し会社を欺く等故意又は重大な過失により事業上の損害を与えた者」、一一号に「不正不義の行為をして従業員としての体面を汚したもの」一三号に「其の他前各項に準ずる程度の不都合の行為のあったもの」、と列挙されていること、同規則第七七条には「懲戒は譴責、減俸、解雇とする」と規定され、その三号に「解雇は行政官庁の認定を受け予告期間を設けず解雇する」とあることがそれぞれ疎明される。

(二)  本件懲戒解雇理由(一)について。

申請人が組合からその申請外共立印刷株式会社に支払うべき組合機関誌印刷代金の支払を委託されていたことは当事者間に争いないところ、≪証拠省略≫によれば、申請人は昭和三五年三月頃組合から右印刷代金支払のため預った一万二〇〇〇円を生活費に消費してしまったことが疎明される。

(三)  本件懲戒解雇理由(二)について。

≪証拠省略≫によれば、申請人は、昭和三六年八月二日より同年九月一四日までの間、組合の厚生事務を担当していた申請外中竹義時から頼まれ、有限会社ホライ薬品商会からグロンサン液を仕入れて組合員に安く売る組合事務に従事中グロンサン液九〇本を組合員に販売し、その代金五、四〇〇円を集金しながら、これを勝手に自己の生活費のために費消してしまったこと及びその後申請人は同年一二月九日に同年年末の賞与で組合に右費消額を弁償していることがそれぞれ疎明される。

≪証拠判断省略≫

(四)  本件懲戒解雇理由(三)について。

申請人が同年一二月二一日申請外佐藤塗料店からオート用ワックス一罐(二六〇円)を買入れたことは当事者間に争いない。

≪証拠省略≫によれば、

申請人が佐藤塗料店にオート用ワックス一罐を注文するに至ったのは申請外佐藤時弘から依頼を受けたためであって、被申請会社のためにするものではなかったに拘らず、右佐藤に対し廉価にこれを入手させる目的で故意にこれを黙秘し、あたかも被申請会社資材課勤務の申請人が被申請会社のため平常の取引どおり発注するものであるかのように装って注文したため、右塗料店としても被申請会社との取引として取扱い、納品書を被申請会社宛にし、その結果被申請会社の買掛台帳にその旨記帳されたこと、ところがその後被申請会社係員が不審を抱いて調査したところ、右一罐は会社の用に供されていないことが判明し、その代金は申請人が昭和三七年一月一七日右塗料店に直接支払ったことが疎明される。

≪証拠判断省略≫

(五)  本件懲戒解雇理由(四)について。

申請人が当時利用していた日本信販株式会社及び蒲田チエーンサービスのクーポン券を入質したこと、及び他の従業員より少額の金員を借用したことがあることは当事者間に争いがない。

ところで、≪証拠省略≫によれば、申請人が日本信販のクーポン券を質入れしたのは券面総額で約一〇万円、薄田チエーンサービスのクーポン券の質入は同じく約五、六万円であり、これによって得た金員はいずれも旧債の返済等にあてていたこと、右クーポン券は被申請会社の従業員らが、その福利厚生のため、日本信用販売株式会社とか、蒲田チエーンサービス共同組合との一括契約により各自利用していたものであること、申請人の右質入れの結果申請人の給料から質入クーポン割賦金を差引いた残額が本給等を下廻ることが常であったので被申請会社としては申請人のため右残額が寡少とならないよう調整することを要し、これがため事務上の手数がかかる点で迷惑を蒙ったことがそれぞれ疎明される。しかし右クーポン質入により被申請会社に対しそれ以外に金銭上その他の損害を蒙らせたことについては疎明がない。≪証拠判断省略≫

次に≪証拠省略≫によれば、申請人は昭和三六年一二月頃組合の執行委員長であった沢井年幸の口ききで被申請会社横山総務部長から金五〇、〇〇〇円、昭和三五年暮頃当時の総務部長であった大坪某から金三万円、従業員仲間の大関健次郎から金四〇〇〇円をそれぞれ借用し、いずれもその返済が約束の期日より遅れたことが疎明される。

≪証拠判断省略≫

(六)  本件懲戒解雇事由(五)について

申請人の生活態度は不健全で乱れたものであったことは以上の事実から推認できるところ、≪証拠省略≫によれば、上司である横山総務部長、桜井製造部長等から右生活態度を改めるよう再三忠告を受けながら反省して生活の改善をする努力をしなかったことが疎明される。しかし上司の右忠告に対して反抗的態度を示したことについては疎明がない。

(七)  被申請人は、そのほか(1)申請人が入社した際の身元保証人である藤田重蔵が昭和三六年一二月二五日附で被申請会社に身元保証契約の解約の申入れをしたこと及び(2)申請人が昭和三七年二月三日の臨時大会で組合から除名されたことを懲戒解雇の事由として主張するところ、右(1)の事実は≪証拠省略≫によって疎明され、また≪証拠省略≫によれば右(2)の事実及び除名を受けたのは前認定にかかる(三)(四)(本件解雇理由(二)(三))の各事件について申請人に反省の態度がみられないからであったことが疎明される。

(八)  ところで申請人の前記(二)(三)(本件解雇理由(一)(二))の各行為が前記(一)認定の就業規則第七六条、第一一号に該当することは否定し得ないところであるが、≪証拠省略≫によれば右(二)の事実は本件懲戒解雇の約二年前のことであって、当時組合執行委員会でこのことが問題となるや直ちに申請人から組合に謝罪状を差出し且つ直接前示印刷会社に印刷代金一万二〇〇〇円を支払って既に解決済であることが疎明され、また右(三)についても昭和三六年一二月九日全額弁償済であることは前示のとおりである。

前記(四)(本件解雇理由(三))の事実においては、申請人の行為により被申請会社が事業上の損害を蒙った形跡がないから、これをもって同条第一〇号に該当するものとはいい難く、たかだか同条一三号の「前各項に準ずる程度の不都合の行為」があった場合に当るにすぎない。

前記(五)(六)(本件解雇事由(四)(五))の事実も申請人が(五)判示の金員を不健全な用途に費消していたという疎明はなく、却って≪証拠省略≫によれば主として生活に追われた結果であることをうかがえないわけではないので、これをもって被申請人の主張の如く同条五号の「素行不良」に該当するとは速断し難く、また、前認定の如く被申請会社に事務上多少の手数をかけ或は同僚等に対する借受金の弁済が多少おくれたからといって「職場の秩序を紊したもの」に該当するとはいい難い。なお、これが同条第一三号の「前各項に準ずる程度の不都合な行為」にあたるものとも解し得ない。

(九)  以上のとおりであるから、申請人の前記各行為により被申請会社として申請人との雇傭契約を継続していく上に多少の不安を感じたとしても無理のないことであるが、右各行為中、就業規則所定の懲戒解雇事由に一応該当するのは前記(二)(三)(四)(本件解雇事由(一)(二)(三))の行為のみであり、かつ、これらも前認定の態容、経過に照らすときは、未だ職場の秩序を維持していく上において申請人を経営から放逐しなければならない程の非行ということはできない。

前示(七)認定にかかる身元保証契約解約及び組合除名に関する事実関係を考えあわせても右判断を左右するに足りない。

そうであるとすれば、本件懲戒解雇の意思表示は懲戒権の濫用として無効というべきである。

三、本件通常解雇の効力

被申請人が申請人に対し昭和三八年九月一一日通常解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いなく≪証拠省略≫によれば当時施行中の被申請会社就業規則第一八条には「次の各号の一に該当するときは三〇日前に予告するか、または平均賃金の三〇日分を支給して即時解雇する」と規定し、これをうけて一号「已むを得ない業務上の都合による場合」、二号「精神病又は身体虚弱その他の理由により業務にたえないと認めた場合」、三号「勤務成績または能率が不良で就業に適しないと認められた場合」、四号「休職期間が満了するも復職が不可能と認められた場合」、五号「その他前各号に準ずるやむを得ない理由がある場合」と列挙されていることが疎明される。

ところで、被申請人は前認定にかかる二の(二)ないし(五)(本件解雇事由(一)ないし(四))が前記就業規則第一八条五号にも該当すると主張するので、この点につき考えるに、前示二の(二)ないし(五)判示の申請人の各所為は、(四)の場合を除きいずれも被申請会社の業務に関係するものではないから、到底同条第五号にあたるとは解し難く右(四)の所為もまた同条同号の「やむを得ない理由ある場合」にあたるとは考えられない。

しかも、本件通常解雇の意思表示は申請人が被申請会社を相手どり当庁に地位保全の仮処分を申請し、当庁昭和三七年(ヨ)第二一一八号事件として申請人勝訴の第一審判決がなされた後に控訴審においてなされたものであって、もし、本件懲戒解雇の効力が右第一審で否定されなかったならば行われなかったものと推測される事情を考えあわせると通常解雇の意思表示も本件懲戒解雇と同様解雇権の濫用にあたり無効というべきである。

四、そして、申請人が本件懲戒解雇の意思表示を受けた昭和三七年二月八日当時の申請人の賃金が基本給一万二四三〇円、年令給三、三五〇円、勤続給三〇〇円、勤続附加給一六〇円の合計一万六二四〇円であり、その支払日は毎月二五日であること及び被申請会社が以来申請人の就労(≪証拠省略≫によれば申請人は申請人の被申請会社に対する地位保全の仮処分申請事件で申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位が仮りに定められた後直ちに被申請人に対し就労を申出でたことが疎明される)を拒み賃金の支払をしていないことはいずれも当事者間に争いがない。

五、仮処分の必要性

申請人本人尋問の結果によれば申請人は前記懲戒解雇以来労音のアルバイトや友人による資金援助によりようやく生活を支えていることが疎明されるから、被申請人に対しその後である昭和四〇年五月二五日より本案判決確定に至るまで毎月二五日限り月金一万六二四〇円の仮払を求める本件仮処分の申請はその必要性があるものというべきである。

六、よって本件仮処分の申請を理由ありと認め、申請費用については民事訴訟法第八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添利起 裁判官 園部秀信 西村四郎)

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